葛西紀明の海外の反応とレジェンドと呼ぶ秘密!【スキージャンプ】

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葛西紀明がレジェンドと呼ばれる理由とその秘密!

出典:www.sankei.com/

45歳を超えて、男子スキージャンプ界の最前線で活躍している葛西紀明選手。

2015年には、W杯最多出場記録である500試合を達成し、現在でもその記録を更新中。

そして、それは日本だけにとどまらず、海外からの反応も良好である様子。

今では、そんな葛西紀明選手に敬意を表してか、レジェンドというニックネームが付けられている程。

でも、一体何故レジェンドと呼ばれているのでしょうか?

ただ、45歳という、ほとんどが引退している年齢であるのにも関わらず現役だから?

史上最多出場記録を持っているから?

もちろん、そのようなことも大きいのですが、葛西紀明選手がレジェンドと呼ばれているのは、それだけではない驚愕の理由があるのです。

そこで、まずは葛西紀明選手が何故レジェンドと呼ばれているのかについて、ご紹介していきます。

どうぞご覧ください。

悲劇にもめげない葛西紀明選手!

出典:https://www.asahi.com/

葛西紀明選手はよく悲劇の人というふうに呼ばれることがあります。

そして、その悲劇から来る逆境にも負けず、必ず這い上がってくるところがレジェンドと呼ばれる一番の理由であるようです。

長野五輪大会直前の怪我!

1998年の長野五輪スキージャンプ日本代表の活躍は、今でも記憶に残っている人も多いと思います。

実は、この長野五輪男子スキージャンプ日本代表の中に、葛西紀明選手も入っていたのです

ちなみに1998年というと今から20年前。

当時25歳という年齢だった葛西紀明選手は日本男子スキー界では、エース格の一人とも呼ばれていたほどの力の持ち主。

しかし、大会直前に左足首を捻挫してしまい、団体戦のメンバーからも外れ、個人ノーマルヒルのみの出場となってしまいます。

そして、他の選手のメダルラッシュに沸く中、怪我の影響が大きく7位という結果で終わることに。

火事で最愛の母を亡くしてしまう!

これはあまり知られていない事実なのですが、葛西紀明選手は長野五輪の1年前に火事で母親を亡くしているのです

当然ですが、当時は物凄い落ち込み、相当なショックを受けていた様子。

しかし、ずっと応援し続けてくれた母親の弔いの意味を込めて這い上がり、長野五輪では必ずやメダルを獲得するモチベーションだったそう

しかし、そこに来て、上の方で記載した通り大会直前の怪我です。

ここまで来ると、スキージャンプという競技そのものが嫌になってしまいそうなものですね。

所属先チームが相次いで廃部に!

最愛の母を亡くし、長野五輪直前には、怪我で本来の力を出し切れなかった葛西紀明選手。

悲劇はそれだけに終わらず、長野五輪直後には、当時所属していた地崎工業のスキージャンプチームが廃部に

そして、4年後のソルトレーク五輪では、大会直前に当時所属チームであったマイカルという会社そのものが倒産という事態に。

何とか移籍先チームを探し、日本代表に選出されたのですが、このような状態では、ろくに練習というわけにもいきません。

そして、ソルトレーク五輪では、ノーマルヒル、ラージヒルともに惨敗という結果に。

なお、過去の五輪の成績は、

葛西紀明の五輪出場回数と過去の成績!【スキージャンプ】

で紹介しているので、興味ある方は一度ご覧ください。

その他に、葛西紀明選手の記事として、

葛西紀明のストレッチ体操のポイントとは?【スキージャンプ】

というのも、ご用意しております。

このように、次から次へと悲劇が降りかかってきた葛西紀明選手。

普通の人なら心が折れてしまうような出来事の中でも、決してめげず、諦めずに這い上がり、ソチ五輪では40歳を超えて銀メダルを獲得という快挙に。

ここまで凄いとレジェンドと呼ばれるのは、もはや納得だと感じます。

では続いて、良好だと言われている海外の反応をご紹介していきたいと思います。

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葛西紀明の海外の反応とは?

出典:https://news.yahoo.co.jp/

悲劇にも負けず、何度も逆境から這い上がってきた葛西紀明選手。

そんな葛西紀明選手のことは海外でも有名であり、もちろん評価も抜群に高く、尊敬の念を抱いている人も多いようです

ここでは、そんな葛西紀明選手の海外の反応をご紹介していきたいと思います。

付いたニックネームはカミカゼ・カサイ!

カミカゼとは、海外が太平洋戦争中の神風特攻隊のことを呼ぶ名称であるというのは、多くの方がご存じだと思います。

そして、葛西紀明選手がそのカミカゼと言われる理由は、

葛西紀明選手が笑いながらジャンプし、飛行しているから

だということになります。

スキージャンプというのは、ノーマルヒル、ラージヒル、フライングヒルの順に最大飛距離が伸び、フライングヒルに至っては、着地地点の目安であるK点がおおよそ175m

考えてみて下さい。

175mを生身の人間がジャンプするのです。

したがって、どんなに回数をこなしているベテランジャンパーだって、少なからず恐怖を感じ、足が震えるのも日常茶飯事

また、本能的な恐怖から顔がこわばってしまうのが当たり前といわれる世界

ちなみに、フライングヒルの世界記録は250mであるそうで、ここまでくるとイメージすら想像つきません。

そんな中、葛西紀明選手が笑いながら飛んでいる姿は、

何も恐れるものはない神風特攻隊

のようだという尊敬の意味を表してこう呼ばれているようです。

海外では取材カメラが一番多いことも!

葛西紀明選手がスロベニアでのW杯に出場し、最多出場記録である500試合出場を達成した時には、スキージャンプが盛んな国である、ドイツやノルウェーなどの約20社のテレビ局から取材を受けたことも

もちろん、最多試合出場ということの影響が一番の理由なのは間違いありません。

しかし、結果の方が表彰台にすら上がれなかった6位であったこと。

それにも関わらず、これだけ多くの国のテレビ局から取材を受けるというのは、どんな強豪選手であるとはいえ、あまり多くはありません。

また、葛西紀明選手のことを取材する為だけに、スロベニアに来たテレビ局も

スキー大国ノルウェーで大人気!

葛西紀明選手は、スキー大国ノルウェーでは知らない人がいないというくらい大人気。

そして、ノルウェーでは最も有名な日本人の一人になっているそうです

また、スキー界でもっとも権威のある賞の一つであると言われている、ホルメンコーレン・メダルというものをノルウェーの首都オスロで受賞したことも。

現地のジャーナリストも、葛西紀明選手のまだまだ衰えない技術やその姿に大変驚愕しており、人柄とともに、最大級の賛辞を送っています。

平昌五輪出場のことを海外のメディアが続々と賛辞を!

五輪出場回数が8回目となり、それについて、イタリアやアメリカのメディアも続々と賛辞を。

特に、イタリアでは、天空の神話崇拝される王者という表現を使い、葛西紀明選手の偉業に対し、最大限の称賛コメントまで。

また、アメリカは称賛コメントと共に、葛西紀明選手が次の北京五輪を目指していることに触れ、さらに、その次のオリンピックについてまで明言する程。

やはり、それだけ凄いことを成し遂げているということになるのだと思います。

ちなみに、20歳以上年の差が離れている選手も多かった今回の平昌五輪。

そして、その選手の中には、一緒にいるだけでエキサイティングだと憧れを抱いている選手もたくさんいた模様。

いかがでしょうか?

葛西紀明選手は海外の反応も凄いというのが、よくわかったと思います。

そして、まだまだこれからも現役を続け、第一線で活躍し続けることを期待しています。

最後までご覧頂き有難うございました。

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