大久保嘉人の移籍理由の謎!移籍そのものが失敗だったのか?

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大久保嘉人選手また川崎フロンターレへ!

出典:https://sportiva.shueisha.co.jp/

Jリーグ、FC東京所属の大久保嘉人選手が、契約期間を1年残し、川崎フロンターレに移籍することが決定。

なお、大久保嘉人選手は、2017年シーズン前に東京FCに移籍したばかり。

移籍した当初も、Jリーグファンの間で話題になりましたが、結局出戻る形になってしまい、またもや物議を醸し出しているようです。

では何故、たった一年という短い期間で出戻り移籍することになったのでしょうか?

そこで、今回は、大久保嘉人選手のたった一年という短い期間で出戻り移籍することになった理由についてご紹介したいと思います。

どうぞご覧ください。

大久保嘉人が川崎フロンターレへ出戻り移籍した理由!

たった一年という短い期間で、古巣である川崎フロンターレへ出戻り移籍することになった大久保嘉人選手。

そもそも何故、川崎フロンターレからFC東京に移籍したのでしょうか?

まず、そこから追っていきたいと思います。

FC東京になぜ移籍したのか?

大久保嘉人選手は川崎フロンターレに移籍して以来の3年間、Jリーグ史上初の三年連続得点を記録

名実とも日本Jリーグ界のトップストライカーとして存在感を示していました。

そして、契約期間である4年間を全うしたことにより、移籍金無しで東京FCに2年契約で移籍。

ちなみに、その時の理由としては、

東京FCからの熱意に心打たれ、また、現状に甘んじるのは自分らしくないから

とのことでした。

そして、東京FCでの成績は、28試合に出場して9得点を記録。

川崎フロンターレ時代から比べるとやや物足りない数字ですが、移籍1年目であり、怪我もあったということなので、まずまずではないのかなとも思います。

なお、このFC東京は、良くも悪くも小器用なチーム。

バランス重視の負けないサッカーをし、かと言って優勝争いにも絡まない。

サッカーにおいて攻守のバランスは非常に大事なので、それでも別に間違いではありません。

攻守どちらかに偏ってしまうと、どうしてもチームのバランスが大崩れしてしまいます。

しかし、その一方、今一つ激しさに欠ける面も。

また、強いチームには必ずある攻撃の形というのがなく、得点が決まるのは、セットプレーやカウンターの偶発的なプレーによるものがほとんど。

いくら大久保嘉人選手のストライカーとしての個の力を持ってしても、限りがあります。

サッカーなのであくまで味方からの攻撃の助けがないと、思うように得点は決めれません。

そんな中、3年連続得点王を獲得し、得点を決めることに自信がある大久保嘉人選手は、

もっと攻撃的に

と、当然のように要求。

もちろんFC東京も、その為に大久保嘉人選手を獲得したはずなので、攻撃に対する意識は多少は変わってきていると思います。

しかし、何年も従来の戦術でプレーしている選手が多く、いくら得点王の肩書を持っている選手が入ったからとはいえ、いきなり簡単にはそのスタイルを変えられるものではなく、

要するに、

攻撃重視の大久保嘉人選手とチームに根付いたバランス重視の意識に対するズレ

があったのだと思います。

でも、それだったら時間が解決してくれることもあるし、たった一年で古巣に戻るには早すぎのような気がしませんか?

そんな中、大久保嘉人選手が古巣である川崎フロンターレに移籍を急いだのは、次の理由が大きいようです。

大久保嘉人選手は何故移籍を急いだのか?

大久保嘉人選手が、移籍を急いだのはワールドカップの影響が大きいようです。

過去、日本代表に選ばれては結果を残せず、最終的に落選している大久保嘉人選手。

いくら世界に比べ、力の落ちるJリーグとはいえ、三年連続得点王というのはもの凄く自信にもなっているはずだし、年齢的にもそろそろ最後のチャンス

そして、2018年はワールドカップイヤーということもあり、得点というわかりやすい形でアピールし、ワールドカップ日本代表に選出されることを狙っているようです。

その為に、得点を量産するには熟知しているチームのスタイルが必要だと判断し、物議を醸し出すのは覚悟の上で古巣に移籍するという手段にでたのではないでしょうか?

では続いて、参考までに大久保嘉人選手の過去の移籍と成績についても、ご紹介いていきたいと思います。

興味ある方は、このまま読み進めてください!

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大久保嘉人選手 過去の移籍経緯と成績!

出典:https://www.jiji.com/jc/

高校サッカーの名門長崎国見高校で、インターハイを10得点、高校サッカー選手権では8得点という輝かしい記録を残した大久保嘉人選手。

それぞれ得点王に輝くとともに優勝を成し遂げており、その他に、国体も優勝。

圧巻の高校3冠を成し遂げたチームの中心選手として2001年にJリーグ セレッソ大阪に入団

そして、セレッソ大阪での実績が認められ、2004年スペイン1部リーグ RCDマヨルカに期限付きで移籍

しかし、2シーズン過ごしたものの、徐々に途中出場や出場機会そのものに恵まれなくなり、2006年には古巣であるJリーグセレッソ大阪に復帰

なお、セレッソ大阪がJ2に降格したことにより、2007年にはヴィッセル神戸に移籍し、2シーズン過ごす。

そして、ドイツ1部リーグ ヴォルフスブルクの監督からの要望により、2009年にはVfIヴォルフスブルクに移籍

しかし、またもや出場機会に恵まれず、獲得を要望した監督の退任もあり、一年という短い期間で古巣であるヴィッセル神戸に復帰

そのまま4シーズン過ごしたものの、ヴィッセル神戸側の方から移籍を勧められ、2013年に崎フロンターレに移籍

川崎フロンターレでは移籍したシーズンから史上初の三年連続得点王のタイトルを獲得し、契約満了にともない2017年に移籍金無しでFC東京に移籍。

Jリーグ 一部   セレッソ大阪での成績

2001年 24試合 3得点

2003年 32試合 20得点

2004年 25試合 15得点

※復帰後

2006年 21試合 6得点

Jリーグ 二部   セレッソ大阪での成績

2002年 31試合 19得点

スペイン リーガ・エスパニョーラ 一部 RCDマヨルカでの成績

2004~2005年  13試合 3得点

2005~2006年  27試合 3得点

Jリーグ 一部   ヴィッセル神戸での成績

2007年 38試合 15得点

2008年 32試合 12得点

※復帰後

2009年 20試合 9得点

2010年 18試合 5得点

2011年 32試合 9得点

2012年 30試合 6得点

ドイツ ブンデス・リーガ 一部   VfLヴォルフスブルクでの成績

2008年~2009年 11試合 0得点

Jリーグ 一部   川崎フロンターレでの成績

2013年 45試合 33得点  得点王

2014年 37試合 20得点  得点王

2015年 39試合 27得点  得点王

2016年 39試合 20得点

以上が、大久保嘉人の移籍理由の謎!移籍そのものが失敗だったのか?になります。

最後までご覧頂き有難うございました。

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